色々あった人生を笑って過ごすことにしました♪
今日は、カラオケでは私は絶対歌えない😆、King Gnuについて書きます。
King Gnuという異質な存在―なぜその音はここまで人を惹きつけるのか
King Gnuの音楽を初めて聴いたとき、
正直「なんだろうこれ」と思った。
わかりやすいわけじゃない。
でも、なぜか気になってしまう。
耳に残るというより、
頭の中に引っかかるような感覚。
その違和感が、いつまでも消えなかった。
「白日」で感じた違和感の正体
私がよく知っているのは「白日」。
この曲、不思議な感覚がある。
綺麗なのに、不安。
静かなのに、どこか圧がある。
優しいのに、少し冷たい。
一つの曲の中に、相反するものが同時に存在している。
だからなのか、聴き終わってもスッキリしない。
でも、もう一度聴きたくなる。
その繰り返しの中で、少しずつこの音楽に引き込まれていく。
常田大希という“壊して作る音楽”
King Gnuの中心にいる常田大希は、東京藝術大学でクラシックを学んだ人物。
しっかりとした基礎を持ちながら、
その型に収まることなく、むしろ壊すように音楽を作っている。
ポップ、ロック、ジャズ、クラシック。
一見バラバラな要素が混ざり合っているのに、
なぜか一つの世界として成立している。
それはきっと、基礎があるからこそできる“崩し方”。
ただ自由なのではなく、
計算された違和感。
それがKing Gnuの音楽の正体なのかもしれない。
米津玄師との違い
同じ“天才型”と言われる米津玄師と比べると、違いが見えてくる。
米津玄師は、内側に潜る人。
自分の感情や記憶を掘り下げて、言葉とメロディにする。
一方で常田大希は、外に向かう人。
感情を説明するのではなく、
音そのものでぶつけてくる。
だからKing Gnuの音楽は、
「わかる」というより「感じる」に近い。
理解できないのに、なぜ刺さるのか
King Gnuの音楽は、決して親切ではない。
わかりやすく説明してくれるわけでも、
優しく寄り添ってくれるわけでもない。
それでも、なぜか刺さる。
それはきっと、
“答え”ではなく“感覚”を渡してくるから。
はっきりしないもの。
言葉にできないもの。
整理できない感情。
そういう曖昧なものを、そのまま音にしている。
だからこそ、聴く側も自分の中の何かと重ねてしまう。
理解できないのに、離れられない。
それがKing Gnuの魅力だと思う。
えむの一言
若い頃は、「わかりやすい答え」が欲しかった。
でも、色々な経験をしてきた今は、
白黒つかない感情のほうが、人生には多いとわかる。
King Gnuの音楽が残るのは、
そんな“整理できないもの”を、そのまま鳴らしているからかもしれない。
わかりやすい音楽は、安心する。でも、わからない音楽は、残る。
King Gnuの音楽は、
きっと“理解するもの”じゃない。
自分の中に引っかかったまま、
少しずつ馴染んでいくものなんだと思う。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪
えむでした🙋♀️

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