色々あった人生を笑って過ごすことにしました♪
「あるある〜!」「わかる〜!」とクスッと笑って共感してもらえると嬉しいです☺️
今日もえむさん真面目です😐
AIが教えてくれる「60代のバイト」に、私が違和感しかない理由
少し前まで、60代といえば「定年退職する年齢」でした。
でも今は違う。
60代でも元気で、頭も体も動く人はたくさんいる。
私自身もその一人です。
それなのに、
AIで「60代 バイト」と検索すると、決まって出てくる答えがある。
- 清掃
- 介護職
- 検品・仕分け
- コールセンター
どれも社会にとって必要だし大事な仕事です。
でも、
それがやりたいわけじゃない。
なぜなら私は、
60代になるまでに、現場で“使われ続けてきた経験”があるからです。
目次
- 私がこれまでやってきた副業の数々
- 60歳を過ぎた途端、起きた変化
- AIが示す「60代のバイト」への違和感
- 60代は「衰えた人材」ではない
- それでも仕事が見つからない理由
- 働く場所を失うことの、本当の怖さ
- 本当に必要なのは「発想の転換」
- 最後に ― 違和感を無視しないために
私がこれまでやってきた副業の数々
私はこれまで、平日の仕事以外に、土日や空いた時間を使って、
本当にいろいろな仕事をしてきました。
- 家具屋でベッドの販売
- 空港ラウンジの受付
- 葬儀屋のアシスタント
- デパ地下の販売員
- ホテルの朝食係
- ホテル清掃の分担を入力する早朝事務
- イベント受付案内(単発)
- ガソリンスタンドの事務
- カタログ販売のテレオペ
- 医療機関の入力事務
- うどん屋の工場
- 住宅展示場の受付
- 住宅販売の受付
- クレジットカードの勧誘
- ティッシュ配り
- 携帯電話会社のテレオペ
- 梱包スタッフ(期間限定)
- 高級婦人服のバックヤード作業
接客、裏方、事務、単発、工場、営業。
特別な資格がなくても、
- その場の空気を読む
- 人と適切な距離で関わる
- 責任を持って仕事をやり切る
そういう「現場力」で、
私はずっと働いてきた。
60歳を過ぎた途端、起きた変化
ところが、60歳を過ぎたあたりから、
はっきりと空気が変わった。
- 応募しても返事が来ない
- 面接すらしてもらえない
- 「若い方希望なので」と門前払い
ある派遣会社では、
登録のために個人情報を根掘り葉掘り聞かれた挙句、
「その求人は若い方希望なので、
代わりに別の仕事なら今すぐ紹介できます」
と言われたこともある。
その面談にかかった時間と労力を思うと、
正直、時間を返してほしいと思った。
また、
「副業は週40時間以上できません」とよく言われる。
できないのではない。
残業代1.25倍を出したくないだけだ。
60代になると、
“働く力”ではなく
“都合のいい条件に当てはまるかどうか”で見られる。
そんな感覚を、何度も味わった。
AIが示す「60代のバイト」への違和感
AIは効率的だ。
過去のデータを集め、平均値を出し、
「無難な答え」を提示する。
だから、
60代のバイトとして表示されるのは、
いつも同じような仕事になる。
- 清掃
- 介護職
- 検品・仕分け
- コールセンター
必要な仕事だ。
でも――
そこに「その人が何を積み上げてきたか」という視点はない。
60代というだけで、
これまでの経験、判断力、調整力、
見えにくいスキルは
最初から計算に入れられていない。
私はそこに、強い違和感を覚える。
60代は「衰えた人材」ではない
60代は、
「できなくなった世代」ではない。
むしろ逆だ。
- 感情で職場を壊さない
- 理不尽を経験しているから耐性がある
- 若い人の失敗を責めずに見守れる
- 空気が悪くなった時に、静かに整えられる
これは若さでは代替できない力だ。
言い換えれば、
60代は“現場のブレーキ兼ハンドル”。
スピードは若手に任せればいい。
でも、暴走しないようにする役割は、必ず必要だ。
それでもバイトが見つからない理由
理由はシンプルだ。
会社が、60代の使い方を知らない。
若手と同じ土俵で比べ、
同じ役割を求め、
同じ評価制度に当てはめる。
その結果、
「若い方がいい」
という結論になる。
でもそれは、
包丁でネジを締めようとして
「使えない」と言っているようなものだ。
道具が悪いのではない。
使い方が間違っている。
働く場所を失うことの、本当の怖さ
仕事がなくなると、
失うのは収入だけではない。
- 生活のリズム
- 人との接点
- 役に立っているという実感
これらが、少しずつ削られていく。
「家にいればいい」
「ゆっくりすればいい」
それで元気になる人もいる。
でも、
まだ働ける人まで“引退扱い”する社会は、優しくない。
人は、
必要とされなくなった時に、
一番弱る。
これは年齢の問題ではなく、
人間の構造の問題だと思う。
本当に必要なのは「発想の転換」
60代を
「若手の代わり」に使おうとするから、うまくいかない。
そうではなく、役割を分ければいい。
- 若手:動く、吸収する、スピードを出す
- 60代:教える、整える、判断する
上下ではなく、役割の違い。
この分担ができれば、
若手は潰れにくくなり、
職場は安定し、
結果的に生産性も上がる。
私の周りの定年退職した人たちは、コミュニケーション能力も高く、パソコンを使いこなし、おおらかで器が大きく、若手のお手本になるような、本当に優秀な人ばかりだ。
使わない方が、よほど非効率だと思うし、勿体無い。
最後に ― 違和感を無視しないために
私は、まだ働ける。
そして、働きたい。
ただし、
これまで積み上げてきた経験を
「なかったこと」にされる場所ではなく。
AIが示す答えが
「合理的」だと言われるなら、
私はそこに問いを投げたい。
その合理性は、人を見ているだろうか。
60代は、
もう終わった存在ではない。
社会が使い方を間違えているだけで、
本当はまだ、
たくさんの力を持っている。
この違和感が、
誰かの胸にも残ったなら…
それだけで、
この文章を書いた意味はあると思っています。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました😊
えむでした🙋♀️
次回は、コツコツと黙って一生懸命に仕事する現場はなぜ軽く見られるのか、声の大きい目立つ現場ばかり見られることに、またまた問題を投げます🤨 お楽しみに♪
✨おまけコーナー✨
作家のひすいこたろうさんとTOLAND VLOGのサムさんの対談✨「認識が変わると見え方が変わる」ことを面白く教えてくれます♪✨
※動画はYouTube公式チャンネルより引用しています


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