色々あった人生を笑って過ごすことにしました♪
今日は、どうしても書きたかった、エリック・クラプトンを書こうと思います。
レイラとの出会い
エリック・クラプトンを最初に聴いたのは、当時の主人の影響でした。
店でよく流れていた一曲。
ギターがザクッと切り込んでくる、あの有名なイントロ。
「なにこれ、かっこいい。」
それが、レイラとの出会いでした。
正直に言えば、最初は少し背伸びもしていたと思います。
クラプトンをよく知っているお客さんから「クラプトン好きなの?」と聞かれる瞬間が、なんとも言えず嬉しかったのです。
まるで“わかっている人”の仲間入りをしたような気分。
通っぽいと言われることが、ちょっとした誇りでした。
でも、繰り返し聴くうちに、そんな気持ちはどうでもよくなりました。
あのイントロの緊張感、張り詰めた空気、感情を抑えきれないようなギター。
後から知りました。
レイラは、親友の妻への叶わぬ想いを募らせた“恋に狂った男の叫び”だったことを。
だからあんなにむき出しだったのか。
だからあんなに胸をつかまれたのか。
私はその曲が好きすぎて、店の屋号にまでしてしまいました。
今思えば大胆ですが、あの頃の私は本気でした。
デレク版とアンプラグド版の違い
若さの衝動 ― デレク&ザ・ドミノス版
1970年に発表されたデレク&ザ・ドミノス版のレイラは、とにかく激しい。
歪んだエレキギターのイントロは、一瞬で空気を変えます。
若さ、衝動、焦り、そして執念のようなものまで感じさせます。
あの頃の私が惹かれたのは、きっとその“勢い”でした。
前へ進む力のようなものを、無意識に求めていたのかもしれません。
時間をまとった音 ― アンプラグド版
それから時が流れ、アコースティックで演奏されたアンプラグド版を聴きました。
同じ曲なのに、まるで別人のよう。
尖っていた感情は丸くなり、叫びは静かな余韻へと変わっていました。
音楽も、人も、年を重ねるのだと感じました。
Tears in Heavenという祈り
クラプトンを語るとき、忘れられないのが「Tears in Heaven」です。
幼い息子を突然失った悲しみの中で生まれたこの曲。
「天国で会えたら、僕のことをわかるかな。」という問いかけは、叫びではなく祈りでした。
レイラが燃え上がる情熱なら、ティアーズ・イン・ヘヴンは消えない祈り。
同じ人が生み出したとは思えないほど対照的です。
けれど人生はきっと、情熱だけでも、悲しみだけでもできていないのだと思います。
情熱と喪失、その両方を抱えて
私はレイラを屋号にしました。
それは、前に進む力を欲していたからかもしれません。
そして今、ティアーズを聴くと立ち止まります。
時間の重みや、今ある日常の尊さをそっと確かめるように。
若い頃の私は情熱に憧れ、
今の私は祈りに耳を澄ます。
でも、不思議なことに、どちらかを選ぶ必要はありません。
レイラのイントロが鳴ると、今でも少し背筋が伸びます。
ティアーズが流れると、静かに目を閉じたくなります。
音楽は、時間ごとの自分を連れてきてくれます。
若かった私も、背伸びしていた私も、今の私も、全部そのまま並べてくれる。
だからこれからも私は、クラプトンを聴き続けるのだと思います。
情熱も、喪失も、祈りも、そのまま鳴らしてくれるから。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪
えむでした🙋♀️

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