尖り派の私が、音楽に求める”削られていない音”

60歳からの人生リスタート

色々あった人生を、笑って過ごすことにしました。

目次

音楽オタクの原点は、寮のFMラジオ

学生の頃、私は寮生活をしていました。
2人部屋、テレビなし。そんな2年間。

唯一の楽しみは、FMラジオから流れてくる洋楽でした。

当時あった『FMステーション』という雑誌に気になる曲をチェックして、
放送時間を待ち構え、ラジオからカセットテープに録音する。
そうやって“自分だけのベスト盤”を作っていました。

ええ、そうです。昔から音楽オタクです(笑)

音の厚み。
コーラスの重なり。
ボーカルの抜け方。
リズムのうねり。

そういうものに、つい耳がいってしまう人間です。

8年前、テレビの前で魂が震えた

そんな私が、今から8年前、テレビを見ていて魂が震えた人がいます。

高校生でカラオケバトルに出演し、決勝まで進んでいました。
対戦相手は新妻聖子さん。
結果は負け。

でも、私の中では負けじゃなかった。

忘れられない「I Have Nothing」

特に忘れられないのが、
ホイットニー・ヒューストンの「I Have Nothing」。

日本の曲を歌う時よりも、
セリーヌ・ディオンやホイットニーを歌う時のほうが、
彼女の声は何倍も自由で、何倍も大きかった。

リズムに乗るというより、
リズムごと抱きしめているような歌い方。

媚びも計算もない。
ただ、まっすぐだった。

私は今も、その動画を保存している。
それくらい、やられた。

整えられた音と、むき出しの熱

その後、彼女はデビューしました。
もちろんアルバムも買いました。


実力は疑いようがない。

ただ、私の耳には少しだけ、音が整いすぎているように感じる瞬間があった。

パワフルな歌声は変わらず魅力的だと思う。声量もあるし、技術もある。

ただ、私はどうやら声色の揺れや、感情によって変わるニュアンスに強く惹かれるらしい。

甘くなったり、掠れたり、怒りを含んだり、空気を含ませたり。声そのものがドラマを帯びる瞬間に弱いのだ。

これは優劣ではなく、あくまで音楽オタクの個人的な好みの話。

安全で、きれいで、ちゃんとしている。
でも私はどうやら、きれいに整ったものより、少しはみ出すくらいの衝動に弱いらしい。

もしかしたら制作環境の違いなのかもしれない。
もしかしたら成長の途中なのかもしれない。

それでも私は、彼女の得意な英語で、
R&Bのうねりの中で、もう一度あの爆発を聴いてみたいと願ってしまう。

これは批判ではない。
ただの音楽オタクの夢だ。

私は今も尖り派らしい

そして面白いことに、私は今も変わっていない。

例えば最近話題のHANA。
あの勢いと、むき出しの熱量。

完成度よりも先に、
「本気かどうか」に目がいく自分がいる。

どうやら私は昔から一貫して、尖り派らしい。

整えられた安全な形よりも、
削られていない音に心が動く。

ONE OK ROCKと、削られていない音

そういえば、ONE OK ROCKも「日本の売れ方」に違和感を持ったと語っていた。

型に合わせるより、自分たちの音をそのまま届けたいと、海外へ挑戦した。

私は昔から、あの削られていない音に何度も救われてきた。

ライブ映像を見たとき、
本気で「私もドラム叩きたい」と思ったことがある。

あんなふうに全身で音を鳴らしてみたい、と。

上手くできない自分に腹が立ちそうだから、まだ挑戦していないけれど(笑)
それくらい、心を動かされた。

整えられることで削がれてしまうものがある。
それは技術ではなく、熱や衝動なのかもしれない。

あの頃の私と、あの歌

あの頃の私は、子育てが終わり、介護とローンに向き合う日々の中にいた。

余裕なんてなかった。

だからこそ、あの必死な歌声に救われたのかもしれない。

それでも私は、魂が鳴る瞬間を探している

きっと彼女の中には、あの時の炎が今もある。

形が変わっただけで、消えてはいないと私は信じている。

最近はミュージカルを中心に活動していると知った。
それならきっと、あの声は舞台の上で、ちゃんと生きているのだと思う。

私はただ、テレビの前で息を止めていたあの夜の衝撃を忘れられないだけだ。

そしてこれからも、削られていない音を探し続ける。

それが、尖り派の私の音楽の聴き方だから。

あの頃テレビで歌っていた、あの彼女のこと。
覚えている方、いらっしゃいますか?😉

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました😊

えむでした🙋‍♀️

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